~36年から41年装備規定の変遷について~

戦史研究クラブ『赤侍』が労農赤軍歩兵科小銃兵の装備や被服の変遷についてまとめたものである。

 

ここに記す装備規定は大きく外見が変更となった、例えば36年型背嚢、39年型背嚢、41年型背嚢及び36年型鉄帽や39年型、40年型鉄帽の出現に沿った労農赤軍歩兵科兵下士官の装備について解説する。

まずは1936年型装備について。1936年には皆々よく知る装備が次々と制定される、例えば36年型鉄帽及び36年型背嚢等である。それに伴い装備規定が変更されることとなった。

細かい装備品の年式はここでは省略するが、当時の兵下士官が支給された装備は上図にあるように装備ベルト、スコップ、吊り水筒、RGB-33用手榴弾嚢、37年型弾薬盒二つ、サスペンダー、ガスマスクバック、36年型背嚢、飯盒、外套等々である。 

1939年には新装備である39年型鉄帽とランドセル型の36年型背嚢に変わって、リュックサック型の39年型背嚢が採用され、規定上の外見は大きく変更されることとなった。背嚢の改定についてであるが、あくまでも支給されているのは“背嚢”であり、何年型等の指定はない。という事は、兵下士官は支給されたものを使用する事となるので、新たに装備が一新されているわけではないという事に注意されたい。(後述する41年行軍装備教本にはすべてのタイプの背嚢の解説が記述されている、このことが支給された背嚢が多岐に亘る事への答えであると考える。)

採用された39年型背嚢において背嚢内の梱包規定が変更されパラトカ、テントポール等の野営機材が背嚢外部底面へ専用のストラップで固定されるように規定の変更が認められる。化学防護装備(ゴム長)の固定位置は38年規定と変わらず、背嚢外部上面に規定されている。

 

1941年になり、前年に制定された40年型鉄帽、40年型防寒帽(ウシャンカ)、そして41年型背嚢及び41年型食糧嚢を含めた装備規定が改定される。

 

41年型背嚢は39年型背嚢の改良型と言える背嚢で大まかな外形の変更は無いものの、新装備によって不要になった環の廃止や革部品のカンバスへの置換、縛着ベルトの背嚢への固定や省力生産を視野に入れた設計思想を感じるものとなっている。図は41年発行『行軍装備教本』より引用。

上図は41年型食糧嚢(左)、41年型背嚢(右)

 

同書に記載されている戦時における41年装備区分(抜粋)

41年発行『赤軍兵士心得』より抜粋

平時において兵士に支給される被服及び装備の交換時期について

この一覧は被服装備の交換時期を示すものだが、平時において支給されている装備が一覧となっている点が興味深い。

注目すべき点はその支給数と歩兵科においては合皮製長靴もしくは編上靴(バチンキ)&ゲートルと指定されている点、またテログレイカは寒冷地においての追加装備として部隊より支給されている点であろう。ここに書いてある品が必ずしもすべて支給されている訳ではないという事に気をつけて欲しい。

食糧嚢の追加により、39年型背嚢において野営機材が背嚢下面に縛着されていたものが41年型背嚢と同様の縛着方法へと変更になっている点に注意。

41年規定における行軍完全装備及び突撃装備の同書より抜粋した図を以下に示す

水筒嚢の形態の変化も40~41年である。皆の見覚えのある戦後の水筒嚢に似た形態の水筒嚢が採用され以前からの吊りタイプの水筒嚢と混在する。このため41年発行行軍装備教本には両方の装備規定図が存在する。Xバンドタイプ(もしくは巾着型の物)の水筒嚢と吊りタイプの水筒嚢では装備位置が異なる事に注意されたい。また銃剣吊りは支給区分より外れ、規定上は存在しなくなる。

 

36年から41年までの装備規定についてごく簡単に解説したが、41年の装備規定は残念ながら開戦によって試作に近い形となってしまう。優先的に支給された部隊は開戦から数か月で霧と消え、備蓄されていた装備の大半は倉庫と共に失われる結果となってしまった。次の装備規定の改定は戦後になるまで待たなければならない。ただし、現状資料が出回っていないだけで、今後新たな規定の資料が常識となる可能性に注意されたい。41年規定はイベント等において規定の再現としては妥当であるが、実際の再現としてはやや疑問が残る事を頭の片隅に入れておいた方が良いのかもしれない。

 

結局のところ、大戦中実際に兵士たちが手にしたのは上記の装備よりもはるかに少なく頼り無い物であった。

最後に38年教練教本にある服装規定の要点を抜粋し以下に記す。下図と併せて参考にしてほしい。

①.ルバハ、ズボン、外套は兵士一人一人が計測したサイズをしっかりと合わせる事。

②.ルバハ、ズボン、外套のボタンとホックは常に閉めていなければならない。

③.省略

④.制帽や防寒帽は真っ直ぐ被り、傾けて被ってはならない。帽章と顔の中心線を合わせる事。被る際は前方部を上げ、後方部を押し被った後前方部を押して帽章を眉間に合わせて被る事。

⑤.略帽は右側の縁を耳に近づけ、右に傾けて被る事。なお帽章は顔の中心線に合わせる事(眉間に合わせる)。

⑥.省略

⑦.鉄帽は真っ直ぐ被る事。傾けて被ってはならない。鉄帽の星と顔の中心線を合わせる事。顎紐はしっかりときつく締める事。冬季においては鉄帽の下にバラクラバを被る事。

⑧.ルバハと外套は常にしっかりと装備ベルトで絞めておかなければならない。ルバハの前面部はまっすぐ伸ばし、背面部にしわを寄せて折りたたんでおく事。外套に装備ベルトを着用する際、装備ベルトは背部ボタン部の上に通す事。装備ベルトの前方部はわずかに後方部よりも下にする事。バックルは体の中心線に合わせ、自由端は遊環に通し左側で固定する事。

野外や状況によって服装は乱れる事だろう。乱れた際にはこまめに直す癖をつけてもらいたい。

 

改定が行われた場合、全ての装備が一新されるわけではない。この点十分に気をつけて欲しい。

 

(2017/8/17加筆更新)

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